2010年10月21日木曜日

PRINT CLUB


BIG PINK MILO
彼とは10年来の友人
ロンドン中をTAGINGして回ったり
GAZ ROCK'N BLUESへよく行ってました
今ではPOP STAR、、
オレなにやってんだろ


多分25才の時のロンドンプリクラ
フレザー若いな〜

2010年10月17日日曜日

FILM






































CONTAX T2を8000円で購入して
うれしくてその日会った友人すべてを撮ってみました。
そのうれしさはFUJI ROCKまで続き
暇を見つけては撮ってみました。
デジタルとは比較できない
良さがFILMにはありますね。


Up again


Vivienne WestwoodとMalcolm McLaren
の息子 JOE



Massive Attack 3D


アートなオヤジ2人


2010年10月10日日曜日

看板屋さん




EINE aka VADER
EYESCREAM UK特集でインタビュー
しようとしたがバッくれたBEN
EINEのTシャツを一緒に1000枚
刷ったり、スタジオをシェアしてたり
毎日のようにBANKSYとBENと遊んでたな〜
そんな彼もDavid Cameron(イギリスの首相)
が彼の絵をオバマ大統領にプレゼントし
今では時の人に成りかけてる。
BANKSYも彼がいなければ
ステンシルをしてなかっただろう。

ちなみに彼のサイト内ギャラリー→
Vandalism内に僕が写ってます
良きおもひで







2010年9月30日木曜日

Optyl



80'sのDior
Optyl社製
ドイツ工場


こちらも
Dior80's
Optyl社製
ドイツ生産


こちらはOptyl社製
COBRA

70年代が始まるとともに光学の価値が変わり、
機能だけではなくデザインも初めて大事とされました。
うたい文句「ドレスに合わせた眼鏡」が当時の変化を記し付けます。
以降、色使いが派手になり、サングラスの形やデザインを好みによって選ぶことができました。いよいよ本来のミネラル・レンズの代わりに合成物質レンズが使 用されるようになり、
サングラスの世界が広がっていく。
ガラスのレンズでは重いのでそれまでのサングラスは小さめでしたが
70年代にWilhelm Angerが発明した「Optyl」資材が革命をおこします。
Anger氏は「Optyl」という合成物質を開発し、それは90年代まで光学市場を独占します。
その合成物質は軽くて且つ強く、殆どアレルギー性 を起こさなく、何十年たっても輝き続ける様になる。

Optyl社マーク
DiorもOptyl社にサングラスの生産を頼みます。
オーストリア工場から始まり80年代にはドイツ工場が生産
その後はサングラスが儲かるとわかり自社生産するようになる。
以上NOISYの調べ

かわりめ



みなさま
季節の変わり目をいかがお過ごしですか?
NOISYのPLAYERZは体調が優れない
方々がいるみたいですが。
僕は至って健康そのものです。

先週末久々に夜遊びをしました。
左の写真は朝まで飲んだ証です、、